脈 -1-


拓海が性的嫌がらせをされてしまい、助けに来たアニキにやられちゃうって話を考え付いてこの『脈』が出来ました。 拓海って、自分が辛い状況に追い詰められても、アニキの前じゃきっと「大丈夫」って強がるだろうし アニキはそれを見抜くんでしょうが、拓海って強情だから、本当は辛いって感情を認めないんでしょう。 アニキはどうやって傷ついた拓海を癒すのか? ミイラ取りがミイラになる……そんなお話にして見ました。 拓海がアニキを受け入れ、アニキが拓海を包み込む……そんな物語を愉しんでいただけたら嬉しいです。 「拓海が辛い目に遭うのは、絶対にイヤ!」って方はごめんなさい。でも、ハッピーエンドはお約束です。
SWEET TURN NIKOより。(05、10、28)



それは、ある日の夕方
大学6年生が行う病院研修を終え、秋のオレンジ色の夕日が差し込む、とある研究室で医学部6年生達が一息ついているときだった。
教授がいないことをいいことに、ほんの些細な雑談から発展した「なんでゲイになったんだ?」という質問への答えに、
男はすぐに核心には触れず、もったいぶってこう答えたのだ。
  
「誰だって最初は毛嫌いするかもしんねぇけどな、
男の身体に欲情したり、男の身体で溺れるって言うのは、一度経験してみたら解ると思うけど、絶対癖になるぜ」
  
男は医学部で、かなり有名な『噂』を持っていた。
それは『あいつはゲイだ』という噂だった。
本当のところ、本人がそう公言しているのだから、ソレは噂ではなく事実なのだろうが
運がいいのか悪いのか、目撃情報も、男と何らかの事があったという経験談もなく
誰もそれが噂なのか、真実なのか、証明できるものはいなかった。
だから、その意外に節操のあると言ったら妙だが、用心深いのか、好みがに見合う男がいないのか
キャンパス内で色恋の相手を物色しない男に
顔を合わせ、暇を見つければ、学生達は興味本位であれこれそれと話題にして取り囲んだ。


こんな会話も、6年間交わせば、もう日常茶飯事だった。
しかし、男になぜゲイに転んだのか、キッカケを問うたのはこれが初めてで、
その場にいた、まだ20代前半という人生経験の若造は、経験したのものでないとなかなか言えないセリフに、息を呑んだ。

「そんなにいいもんなのか?」
「ああ、はっきり言って、いいな!それも、かなりな……」
「でもさ、オマエは、最初っからそう言う気があったんだろ」
「いや、最初はその気なんてまったくなかったんだ。だから根っからの同性愛者とはオレは違うと思うな」
「じゃ、キッカケは何だよ」
「キッカケか……ま、ちょっと気を許した男に、なんか勢いっていうか、雰囲気で襲われちゃったんだよね
まあ、合意の上じゃなかったけど、悪くなかったって感じだったんだ。でも、相手はすげぇ良さげでさ……」

初めて聞くそのレイプと言えなくもない体験談に、研究室の一同は静まり返った。
しかし、この男にとっては大したことでもなかったかのように、言葉はとどまることはなかった。
「……でさ、オレってあまりクヨクヨしないタイプっていうかこんな奴じゃん!
だから、そんなに男の身体っていいのか?それともオレの身体がいいのか?って、思ったら止まんなくってさ
要するに、スル側に立ってみたくなっちゃったわけでさ。そんでちょっとかわいい男誘ったら、案外簡単に食えちゃったんだ
ソレがまたさ、スル側ってビックリするぐらい良くってさ……」
「マジ?そんないいのかよ」
「ああ、かなりいいな!」
「女とするのと?どれぐらい違う?」
「どれくらいって………ああ――もう、手っ取り早く分かるには、一度やってみりゃぁいいんだよ
絶対やめらんなくなるって!!!あ、でも相手は自分で探せよ!オマエらに貸すケツはねぇから!!」
冗談とも本気とも取れる男の話しぶりに、男達が身を乗り出した。
もちろん、ノンケにとっては、おぞましいと思う会話に、身を引くような仕草をする男も、いたにはいた。
涼介も、あからさまではないものの、その嫌悪を抱く一人だった。
しかし、興味を抱き始めた男達は「オマエ相手に、んなこと思うかよ!」とか「なんだよ、ケチくせぇな、いいじゃん」と色めき立つ。
女は女で「きゃ〜」などと異様に昂ぶった反応を見せた。
群集の反応はそれぞれだったが、さほど広くない研究室は妙な熱気に包まれた。

「じゃ、オマエは、それからずっとスルほうなんだ!」
「そう言うことになるな……」

涼介は、話の輪に入らず、そのとどまる事を知らない下世話な内容に「早く話題が変わればいい……」と思っていた。
ひたすらぼんやりと、夕日に照らされる大学病院の銀杏の木を見下ろしながら、この下世話な話をやり過ごすつもりだった。
しかし、そんな不快感を抱く涼介の心情を酌むわけもなく、男は話を続けた。
「まあ、オレは大抵スル側なんだけど……でもさ……」
一呼吸、間を置いた。
そして、何かに迷うように瞳をくるりと動かして

「高橋ならされてもいいか、って思う」

と、男は一思いに吐き出した。
いきなり自分の名前を呼んだ男に、涼介は、思わず振り返った。
研究室にいた学生達は、一斉に涼介を見ていて、たくさんの好奇に満ちた瞳とぶつかった。
ソコには、色々な感情が混じっていた。

「あ〜、高橋って、あまりそう言う話題に乗ってこないけど、実はゲイだった……ってことでも納得するな」
その言葉に、頷く男が何人かいた。
その場にいた女は、含んだような嬉しげな笑みを浮かべていたり、奇声を発し喜んでいるものもいた。
「う〜ん、高橋がゲイでもいいかもな〜」
そんな無責任に発せられる発言に、思わず涼介は拳を握ってしまった。
――ナニをバカなこと言うんだ……こいつらは……
――この男の言う事に一々、面白く反応するな!
しかし、ここで、ムキになって反論すれば「図星なんだな、ムリすんな」と言われる可能性もある。
逆に、黙殺すれば「訂正しなかったから、さては……」と勘ぐられるだろう。
涼介は仕方なく「オレは、そう見えるのか?」と苦みばしった唇で、面倒くさそうに口を開いた。
「う、高橋はノーマルっぽいけど……ゲイでも……それでも別にイイって思うな」
「高橋がゲイかぁ?……男を抱く方なら納得するな」
「う〜ん……高橋に誘われるんなら……ってちょっと考えちゃうな」
「オマエそれ、高橋なら、抱かれてもいいってこと?」
「ああオレ、ノンケだけど……でも、高橋なら……って考えること可能じゃねぇ?」
「あ、確かに高橋なら、ノンケの男も、いいように口説けちまいそうだよ」
「でも、高橋だったら、ワザワザ男を口説いたりしなくっても、女に苦労してなさそうだぜ」

自分を置いて勝手に交わされる意見に『大きなお世話だ』と、既に涼介は、顔に浮かぶ不快感を隠そうともしなかった。
そして、ほぼ敵意に近い視線で、そのざわめきの奥、この騒ぎの発端を作ったニヤニヤしているゲイと公言する男を睨みつけた。
そのきりのようにとがった刃物のような瞳から突き刺さる視線をものともせず、
悪びれず男は立ち上がって、涼介に近づいてくる。
普通の人間が踏み越えない壁を一度でも飛び越えたものは、こうも厚顔になれるのか?と思うほどのふてぶてしさ。
涼介も、道路交通法を無視し、徒党を組んで峠を攻めるという行為を始めてから
ソレが違法行為という認識は消え、ライフワークとなり、その違法行為自体が当たり前となっている今、
その他大勢に理解してもらえないマイノリティーにを声高に語るつもりはない。
しかし酒を飲んでいるなら少しはその葛藤を吐露する気持ちも分からなくもないが
しらふで、性癖を語り、あまつさえ、自分が性の対象としてい見ていると宣言される不快感に、
涼介はその男を視界から抹消するため、表情を変えず、眼球だけ眼をそらした。

好奇な眼でその光景を見守る群衆の視線をものともせず
無遠慮に、そして笑みを浮かべながら必要以上に、吐息すらかかるほどに、男は涼介に近づいてきた。
誰もが固唾を呑んで見守っていた。
何をするのか、判断つかなかった。
ソレは涼介もだった。
そして、男は白衣のポケットにつっこんでいた右手をおもむろに出したかと思ったら
いきなり涼介の白衣の上から性器のあるだろうところにあたりをつけ、手をあてがい、ギュウと握ってきた。
その部屋にいたもの全てが、息を呑んだ。
時が止まったかと思った。
それは数分にも思えたが、多分、数秒……だったのだろう。
研究室にいた女の一人が「イヤァー」と黄色い、しかし、どこか甘いニュアンスを含んだ悲鳴をあげたことで
時計の歯車が正常に動き始めた。
居合わせた女達は、この男同士が接触する光景に歓喜しているようだった。
男たちは、低いどよめきとともに、息を呑んで凍りついていた。

男ならこの気持ちが分かるだろう。
眼の前の男に性的対象にされ、そして身体に触れられる不快感を……。
それとも、ココにいた男達は、この男の話にに毒されて、この接触を『羨ましい』と息を呑んだのだろうか?

涼介は思い切り顔をしかめ、その手をこの世の中に存在する最も不快なものに触れてしまったかのように振り払った。
内心、無様にうろたえなかった自分に、密かに安堵のため息をついていた。
そして、その場でわざとらしく忌々しくため息をつき、冷ややかに軽蔑した眼差しを強め、
男に「これは一体、何のつもりだ?」と低く言い放った。

「ちぇっ……勃たなかったか……」   悪びれず、かといって、さほど残念そうにでもなく、男は肩をすくめた。
涼介は冷ややかにこう言った。
「……勃つわけないだろ」
「ん〜、まあ普通はそうなんだけど、こういうことをほのめかされて、まんざらでなかったら、ココ勃起する奴もいるんだぜ
そう言うときは、脈あり!!って事なんだけどさ。残念だな……高橋は、その気がなかったんだな
ま、オレに高橋は口説けなかったって事ってことで、潔く諦めるな」
さも残念そうに、その柔らかく萎縮した性器に触れていた手を一度顔の前に持ち上げて軽く指を振ってから苦笑し
その掌を大事そうに白衣のポケットにしまいこんだ。
そしてすぐ、欲しいおもちゃを眼の前に、強請っては見たが、買ってもらえないと悟った子供のように、男は残念そうに笑ってみせた。
「もしかしたら……って、6年間ずっと高橋の事、狙ってたんだけどさ
高橋は、やっぱり思った通りって、見たまんまのノーマルだったんだな」
2人のやり取りを見ていた外野が一瞬、息を呑んで2人のやり取りを見守っていたが、堰を切ったようにどよめき始めた。
「オマエ、高橋狙いだったのかよ!」
「すげぇ、面食いなんだな!!」
「へ〜、高橋って、ケツ狙われてたのか?違うか……オマエが高橋に抱かれたかったのか!」
「いや〜全然気づかなかった〜」
下世話な話題で溢れんばかりにざわめき続ける研究室で、涼介は誰の耳にも届かない深いため息をついた。
そしてその話題は、研究室に戻ってきた教授によって、キレイに消滅した。


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