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あれから2週間が過ぎた。 涼介は一日の病院研修を終え、白衣も脱ぎ、大学病院の敷地内にある石畳を歩いていた。 もうすっかり銀杏も色づき、黄色が激しく燃え、秋の弱日は、群馬大学の病院を丸呑みして、暮れようとしていた。 薄闇が、灰のように漂い、まだかすかに残る夕日で涼介の影が長く伸び、落ち葉にラインを引く。 面会時間も終わる期間と重なっていたから、見舞い客が帰る姿もあちこちに見え、枯れた銀杏の葉があちこちでカサコソと鳴った。 その時、自分の後を追いかけてくるような足音に気づいて、涼介は歩調をゆるめ、振り返った。 すぐ後ろに、あの日、拓海が酷い目に合った日、涼介に6年越しの気持ちを告白してきた同じ医学部6年の男が 早足で歩いてきていた。 「よう、高橋も今帰りか?何もなければメシでも食って帰えらねぇ?」 あの日から、何らか態度が変わるかと思ったが、この男はいつもこの調子だった。 涼介も、あからさまに不快感を露わにしたり、避けるようなこともせず、かといって親しみ深くしたり 思わせぶりな行動をすることもなく、ただ恬然とし、忙しさに身を任せるように日々を過ごしていた。 研修がハードになったことも手伝って、外野の好奇な眼も、いつしか平常に戻っていた。 涼介は、別段意識することもなく、普通に同期の医学部生として付き合ってきたつもりだった。 本当は色々と聞きたいことはあったけれど……聞けるわけはない。 一生、そして誰にも聞くことはないだろう。 「メシ?……悪いな。この後、ちょっと約束があるんだ……言っとくが、オマエの事を避けてるわけじゃない。本当に用がある」 「何、気を使ってるんだよ?嘘だなんて思ってないよ。本当だろう? だって、高橋ってそんな回りくどい嘘ついたりしないで、メシ食いたくなかったら『オマエと飯を食う理由がない』とか言って断るし 高橋は変な理由なんて作ったりしねぇし、憐憫でメシ食ってくれたりもしねぇ奴だって知ってるよ」 オレはそんなに冷たい人間なのか?なんて苦笑するが、言いえて妙なので反論はしなかった。 涼介は「じゃ、そう言うわけだから……」と言って、学生用駐車場ではなく、バス通りに向かっていた。 「何だ、今日、車じゃないんだ?あの白いヤツ……酒でも飲むのか?」 「まあ、そんなところだ」 「じゃ、そこらまで一緒に行こうぜ」と言う男と並んで歩き始めたら、何の前置きもなく話を始めた。 「なんかさ、表面上はいくら仲良くしててもさ、オレのことゲイだからって見下してるヤツ、結構いるんだよな……」 涼介は顔を上げた。 「そうなのか?オマエを見下しているような話は聞かないな。どちらかと言ったら好かれている方じゃないのか?」 「まぁ、みんな常識ある大人だから、オレをネタに愉しんだりするぐらいで、あからさまに罵ったりはしないけどさ オレを見る眼つきの中や、言葉の中に棘があったりするんだよ ……って、高橋は殆どの人間に無関心だから、そう言うのに疎いんだろうな」 確かにそうだな、と涼介は相槌を打つ。 「高橋って、ずっとオレにも無関心だったろ。オレに不快感表したのは、オレが告白した時だけだしな まあ、その後とか、さっぱりしててその無関心ぶりもありがたかったけどな。逆に言えば、意識されてないって事なんだろうけどな…… 本当言うと、ちょっとは意識して欲してくれるかな?とも思ったんだけどさ まあ、だからこそオマエに特別に思われたり、そばにいるのを許されるヤツってちょっと羨ましいって思うんだよな オレもソコに入りたかっただけなのかもしれないけど……」 確かに、涼介は周りにいる人間なんてどうでもいいと思っているし、 常にそばにいて欲しいと思った人間は、自分が選んだ才能ある人間であって、代わりはいないし誰よりも大事にしたいと思っている。 この男は、自分のそういった部分も見ていたのか…… その辺の見た目や家柄だけで騒ぐ輩とは違うんだな…… しかし、そんなに見られていたのか……とも苦笑するが、ちゃんと物事を冷静に見てるんだな、と思う。 「オレたちは同期の研修医で、来年も大学病院で一緒だろ?きっとオマエとの付き合いは長くなるぜ」 ガラにもなく優しい言葉をかけたな……と、涼介はそう言った後に苦笑した。 「オレの事ふっておいて酷いこと言うよな」 男もつられた様に苦笑した。 「悪いな……そればっかりはどうにもならない。早くいい相手を見つけろよ……オレにはそれぐらいしか言えないな」 「相手って言えば……実はさ……」 そう言って、男はちょっと真面目な顔になって口を開いた。 「こないだオマエに6年越しの気持ち伝えてふられただろ?あの日の夜さ、大学の近くの居酒屋でヤケ酒飲んでたんだ その時『男の身体なんかに欲情するヤツの気持ちわかんねぇ!どんなに顔が可愛くても、肌がきれいでも、勃つことはねぇな!』って 騒いでる男がいたんだよ。オレ、ムシャクシャしてるとこ、そんな話で盛り上がってる男に何食わぬ顔して近づいて合流して 酒薦めて口説いて喰っちまったんだ」 「喰った?」 「ああ、やっちまったってこと。だって、男とセックスしたこともねぇのに、 知ったかぶって最初から貶すな!ゲイを見下すな、蔑むな!ってな気分になったんだよな、傷心も手伝ってさ……」 いきなり「凄いな……」としか返せない、そんな話を男は始めた。 「悪ぃ……高橋には不快な話だったかもな」 チラと窺う目に申し訳ないという色はなかった。 コレは、ゲイなりの社交辞令かと、涼介は思う。 「続けていいか?」と迂遠な話にこんなことを言う、僅かばかりの心遣いはあるようだが。 「まあ、心温まるラブストーリーじゃないことは確かだけどな……」と涼介は話の先を促した。 「まあな。でもソイツ、オレに抱かれて結構喜んでたんだぜ。してやったりって気分だよな やっぱ医学部の知識ってこういうときに役に立つんだよな でよ、あの男もしかしたら……って思ってさ、こないだ連絡したらやっぱまんざらでもなかったみたいで、引っかかってきた」 そう言って、男は笑った。 「やっぱ一度知ると、癖になるんだよ」と。 余程自分のテクに自信があるのだろう。 「ヤバイな……ってしきりに言ってたしな」 そう前置きしてから 「だから、高橋も、ちょっとオレと試してみない?」 そう言って、男は涼介の前に立ちはだかって、辺りにチラと視線を巡らせてから そっと涼介のスラックス越し、ペニスが収まっている辺りに手を置いた 性器を探り当て、ぎゅう……と握る。 しかし、握られても、そこの質量は増さなかった。 涼介と同じく、沈黙したままだ。 溜息をついたのは二人とも。 「……いい加減にしたらどうだ?」と涼介は、男の手を振り払う。 「ちぇ……」なんて男は、さも残念そうにしてから 「やっぱり脈なしか……悪かったな。これで完璧決心ついた。もうしない」と真面目に返した。 毅然としているが、どこか寂しそうだ。 涼介は少しずつ、この男に好感を持っていた。 受け入れる受け入れない、ではなく『逸脱者』という存在でだ。 この男は自分でそれを受け入れている。 誰よりも仲間を見つけることが険しいだろう生き方を受け入れている。 敵を作ることも多いだろう。 ソレを受け入れ、自分を変えたりせず、ありのままに生きている。 どうして蔑んだり、貶したり、見下したりできるのだろうか。 藤原にあんな眼にあわせたヤツや、勝手に人間を卑下した眼で見る輩のほうこそ見下されるべきだ。 この男こそ自分を見つめ、ソレを受け入れ、生き難い道を歩む決心をしたのだ。 顔には出さないが、同胞を見る眼で涼介は言った。 「そう言う風にくじけないところと、最後まで強引じゃない部分がオマエらしいけどな……」 男は困ったように笑った。 「高橋をどんなに口説いても、手ごたえがないから、オレもこの6年で忍耐強くなったんだよ それに、オマエには本気で嫌われたくないからな……まあ、いい加減、高橋に慣れたってことだよな、オレも」 そう言って、何かを吹っ切ったように、夕闇の空に両手を挙げて伸びをした。 涼介は、呆れた顔で、しかし、どこか優しげにこう言った。 「ああ、残念ながら、オマエの事、見下したりはしないけれど、脈はない オマエの気持ちにこたえられる日は来ないだろう でも、オレとしては、オマエにはそれなりに幸せになってもらいたいってぐらいは思ってるぜ だから、新しい男をみつけて、どんどん気兼ねなく口説いていってもらいたいもんだ」 「ちぇっ……そんなこと言ってもらえるのは嬉しいけど、 ソレが高橋からっていうのが、ちょっと寂しいな。ま、ありがたく、その言葉受け取っておくな」 そう言って、笑いながら手をあげて別れを告げた。 男の背は黄昏に遠ざかっていった。 その後ろ姿を見送りながら、涼介は分からない程度に笑った。 口元はややほころんでいたが、眼には知ってしまったものしか浮かべられない色が混じっていた。 男が言った言葉が、ふと蘇った。 ――一度経験したら、絶対癖になるぜ 藤原にとって、あの出来事はどんなものになっているんだろうか? 自分に降りかかった災害に高揚した精神が身体をのっとって、 思わず『逃げ』で冒してしまった忘れたい過ちになっているのかもしれない。 いや、身に降りかかった悪夢のような出来事を忘れるためだけにオレに抱かれたのかもしれないな。 もしくは、助けに来た男に思いがけず求められ、助けてもらうため仕方なく、不本意だけど一度だけしてしまった行為で 終わらせたかった、今はもう忘れたい……そう思っていないか? そのことだけが喉に刺さり続ける数本の棘のように、種々鈍い痛みを涼介に与えていた。 涼介は、あんなことがあってから、プロジェクトDのミーティングも遠征も、 ニセモノの退治と、パープルシャドウ戦のときに被ったハチロクの足まわりの修理ということで、少しの期間をあけていた。 まさか『エースの片割れと、チームリーダが身体の関係を持ってしまった為の冷却期間です』と言える訳がない。 ニセモノは埼玉の走りやと協力して退治したし、一件の騒動を沈めるための2週間の休止期間を取る、という決定は、 メンバーも遠征先のチームもHPで情報を得るギャラリーたちも納得させるだけの説得力があった。 そして、ようやく明日からミーティングとプラクティスを再始動させることになっていた。 その前日である今日、拓海の心のケアと、気持ちの折り合いも兼ねて、涼介は前橋に呼び出していたのだ。 再始動を告げるためにかけた電話で、ついでにと言い出した「前日に飯でも食わないか?」という誘いに 拓海はいつもと変わらぬ受け答えで、涼介のその呼び出しに了承したのだ。 その夜、どちらも時間に遅れることなく前橋で出会い、普通に話しをしながら歩いて、とある飲食店が集まる複合ビルの中で食事をした。 あえてあの日の話題を出さないで、ひと時過ごしているのは、意識していることだと何となくは感じていたの二人ともだ。 そして、食事を終え、話題も全て出尽くした頃、二人はどちらともなく席を立ち、店を出た。 エレベーターではなく階段を使った。 どちらかが階段を使おうと言い出したわけじゃなく、何となく人の流れを避けて、そちらに足が向かったのは二人ともで。 名残惜しさを感じていたのも二人ともだ。 帰りたくない……帰したくない……の感情。 それは、先に階段を下りていた拓海が踊り場で振り返って、ぶつかってきた眼の色で涼介が、知った。 拓海は、薄暗い階段であったのに、足元を見ようともせず真っ直ぐに自分を見つめていた涼介の視線で、知った。 心の彷徨、愛欲の乾き、あてどもない願望、身を焼く未練、独りの部屋、一人の夜の寂しさ、空っぽな身体…… ビルの一角、人気のない非常階段は夜の闇が口を開き、感情を綻ばせる。 その綻びから、溜めていたものが溢れ出る。 誰も来ない暗闇の中、二人は示し合わせたわけでもないのに、こつこつと足音を立てて近づいた。 危険を肌で感じつつも、知ってしまった感情を留めることは不可能だった。 寂寥は二人がいるだけで熱くなる。 拓海は、柔和なおとなしそうな顔に、大きな瞳を潤ませて湿り気を帯びた声を発していた。 ――アレは、やっぱりオレを慰めるための1回だけのものだったんですか? 涼介は、肉食獣のような鋭い眼で拓海の姿を捉えていた。 ――藤原はまた、オレがオマエの中に入りたいと言ったら、受け入れてくれるか? そう、語りかけていた。 涼介は、息も届くほど近づいて拓海を壁に追い詰める。 そして、そっと下半身のふくらみに掌を乗せた。 ぎゅっと力を入れて握る。 掌の中のモノは、膨らんで程よく重く、そして既に熟れていた。 拓海は何も言わずソコを涼介に委ねたまま、壁に寄りかかった。 両足の間に割って入る涼介の膝。 開かされるほど涼介の掌は無遠慮な愛撫を繰り出してくる。 痛いぐらいに涼介の手に性器を握られて、眼を涙で潤ませ、眉根を険しく引き寄せ 唇を苦しげに僅かに開けた。 その吐息は荒く……すがるように涼介の腕に、そっと手を添えた。 体重を預けるようにしたのは、涼介の手が、ジッパーを空け、下着越しにペニスを掴んで上下に扱き始めたからだ。 「凄いな、藤原。もうこんなになってるぜ。これは、脈あり……と、取ってもいいんだよな?」 その淫らな誘いに、拓海は小さく俯いた。 涼介の唇から笑みがこぼれ、あの夜の拓海しか聞いたことがない甘ったるい声で「藤原……」と名を呼んだ。 そして言葉が続く。 「まだ……帰らなくていいんだろ?」 勝手に口が動いて、湿った声で耳元で囁いたが、拓海を帰すつもりなど、もうこの闇にまぎれた瞬間から、なかった。 その証拠に、拓海が「帰りません」と全部言い切る前に、涼介は逸り気に唇を塞いでいた。 あの日の熱さを確かめるように舌を絡め、握った掌に力をこめた。 ペニスがドクンと歓喜に震えた。 拓海の唇から、唾液と甘い喘ぎが放恣に漏れた。 ――確かに、癖になる……もう、藤原と以外なんて、考えられない。 ――藤原も、だろ? END
NIKOさん!!こんな素敵な小説を頂けて私は幸せものです(ノ_<。)有難う御座いましたvv
NIKOさんの書く物語はどれも私の心奥深くにずっと残る作品ばかりです。 そんな素敵なD小説が堪能できるNIKOさんのサイトはこちらです。 → SWEET TURN |