夜の果て -11-



拓海は腕を天へ伸ばした。何かを求めるように。何かをつかもうとするように。

拓海の伸ばした腕は、啓介の汗で濡れる首に絡みついた。
白く、滑らかな蔓のように。
拓海は焦点の合っていない目で啓介の首に手を回し、無理な体勢で抱きついて耳元で叫んだ。


――りょうすけさん


消え入りそうな小さな小さな声だったのに、その声色はまるで悲しくて叫んでいるかのような色だった。


「くそっ……!!!」

啓介は一人毒気付いた。その横で涼介が満足げに微笑んでいる。
やっと涼介の目元が嬉しそうに緩んだ。淫靡で、そして満ち足りた笑顔。

拓海は、抱かれながら、溺れながら涼介の名前を呼んだ。涼介を求めた。

呼ばれる声に引き寄せられるように、涼介は拓海の上にその身を屈めた。そして、嬉しそうに微笑んだ唇で、拓海の赤く充血した唇を吸った。
交差した唇の間で、涼介の舌がそろりと拓海の口内へ差し入れられるのが、月明かりで見えた。拓海もまた、それを嬉しそうに迎え入れるために頭を少し起こして、顔を傾げて笑った。

その時、拓海の秘所が思いっきり啓介のペニスを締め上げ、襞という襞が絡み付いて奥へ奥へと一斉に蠢いた。

頭の奥が真っ白になった。

この刺激に抗える男なんて、この世には存在しないんじゃないかと思った。
高波に足をすくわれて、海の底まで一気に引きずり込まれるような激しいうねりに飲み込まれて、一瞬上下も左右も分からなくなった。
今、ここで自分が何をしているのかも。今、抱いているのが女の体ではないことも。

「……くっ……!!」

啓介は抑えようもなく、こみ上げる強い脈動とともに拓海の中で射精した。

拓海の腰を掴んだ啓介の指先が白磁のような柔らかな皮膚に食い込み、爪痕が残る。それと同じくらいの強さで、啓介は自分の唇を噛み締めていた。
啓介は、自分のペニスが精液を吐き出すためのビクビクという生々しい脈動を感じながら、自分の下で虚ろな眼で纏わるように見上げる上気した拓海の顔を見ていた。


射精の一過性の強い快感が過ぎ去ると、急速に押し寄せてくる虚無感。

俺は、ここで何をしてんだ……

啓介は果てた後もなお萎えきらないペニスを半ば無理やりにずるりと抜くと、ズボンに押し込めた。
自分の放ったものが付いていて、下着が汚れて冷たい。
啓介を現実へと引き戻すような、むなしい冷たさだった。


啓介から開放された拓海は、今だ果てることを許されないペニスを股の間でひくつかせて、肩で息をしている。

拓海は力の入らない掌で汗ばんだ自分の胸をゆっくりと撫でる。そして、涼介を見上げた。

啓介は、拓海のその見上げる眼に、ごくりと唾を飲んだ。

――見てはいけないもの――欲しがる拓海が、そこに横たわっていた。

あのビデオテープと同じ、懇願する潤んだ瞳。誘うように紅い唇。吸い寄せられそうなしっとりと濡れた肌。

映像の中で、カメラのレンズを打ち抜いた拓海の淫らな視線が、今、啓介の目の前にあった。
しかし、それは啓介の方を向いてはいなかった。視線の先には、夜の色を映したガラスのような涼介の瞳があって、カメラのレンズはない。

あのビデオテープで、カメラの横にいたのは涼介。
欲しがって、強請る拓海を映像に収めていたのは、多分、涼介。

啓介は、本能的にそう感じていた。



欲情しきった拓海の視線が、蜘蛛の糸のように涼介に絡み付いていた。銀色の糸にがんじがらめにされた涼介は、うっとりと微笑み、拓海にゆっくりと近づいていった。

涼介が踏みしめる土の音がする。夜露で湿った土と砂利の音。
拓海が身じろぎするたびに、骨と皮膚がベンチの朽ちかけた木の表面に擦れるざらついた音がする。
そして、少しずつ涼介と拓海の距離が縮まる。

拓海が待ちきれないように、涼介の体に腕を伸ばす。

拓海の手が、涼介の腕に触れた瞬間、2人は見つめ合って微笑みを交わした。
拓海は胸元までめくり上げられたTシャツ以外は何も身にまとっていないし、涼介のズボンの股間ははたから見ても分かるほど隆起している。
そんな異常な光景なのに、頬を染める拓海の顔と微笑み返す涼介の顔は、よく夜の峠で眼にした純情を絵に表したようなお互いを愛しく思う、柔らかい笑顔だった。


冷たい月明かりが、拓海に覆いかぶさる涼介の長身のシルエットを浮かび上がらせた。

啓介の位置からは逆光でその表情までは見えなかったが、拓海へと伸ばす指先や、拓海の顔を伺うように背中を丸める仕草から、溢れんばかりの包み込むような愛情がにじみ出ていた。

涼介へと伸ばす拓海の腕や、少し仰け反ったまま頭を持ち上げる拓海の仕草からも同じような匂いがした。

――相思相愛。
涼介と拓海はほぼ間違いなく、同じくらいにお互いを強く思いあっているのだろう。そして、同じくらいお互いを欲しているのだろう。2人の髪の先や指先、吐く息からもそんな感情が匂い立つように感じられた。


涼介は満を持してといった風情で覆いかぶさった。
拓海の両足を抱えて大きく開き、股の間に自分の身を滑り込ませる。
涼介が拓海より一回り大きい体で体重をかけるようにしてのしかかり、薄べったい拓海の体はくの字に折れる。

そして、涼介がズボンの前たてだけを寛がせた。
ズボンのベルトをカチャカチャと外し、ジジ……とジッパーを下げる。
見せ付けるようにゆっくりと下がる涼介の細く長い指を、拓海は口をあけてはーはーと肩で息をしながら見上げていた。

そして、涼介の指は布地の僅かな隙間から、ペニスを取り出した。それは毒々しいほど反り返って硬く大きく膨らんでいる。薄い皮膚をはちきれんばかりに膨張させて、主の手に握られて武者震いをしているようにビクビクと脈打っていた。

涼介はうっそうと笑うと、自分のペニスの根元を握り、その先端を拓海のまだ湿って緩んでいる入口へあてがった。
先端から零れる先走りを拓海の窄まりに撫で付けるように、ペニスの先端で肉の割れ目を上下になぞった。
抱え上げられた拓海の足の指が反り返る。
うつむいた涼介の前髪が、その瞳を隠すように垂れ下がって、頬に影を落とした。

「………あぁ…」

拓海は嬉しそうに涼介の背中に腕を回し、恍惚とした表情で涼介が隘路に押し入ってくるのを心待ちにしているようだった。

涼介はゆっくりとはちきれそうなペニスの先端を拓海の中へ埋めた。口元の笑みはよりいっそう深くなる。
拓海は「あ」と声を漏らした。声というより音に近い。涼介を受け入れる拓海の音。

涼介は微笑んだ唇を軽く噛んで、腰を推し進める。ズズズッ……と粘着質な音が聞こえるような気がした。怒張した涼介が拓海の中に、少しずつ飲み込まれていく。じれったいほどゆっくりとした速度で。
拓海は小さく仰け反った。さっきまで木のベンチにこすり付けられていたせいだろう、持ち上がった背中の皮膚はところどこと赤くなって擦り切れていた。拓海の細い肩が小刻みに震えている。涼介の腕に纏わる拓海の指が、涼介のシャツの生地をぎゅうと握るのが見えた。

青筋を浮き立たせた涼介の茎の半分くらいまで埋まった。涼介は挿入の過程をじっくりと味わい、自分が入っていく様をねっとりと嘗め回わすように眺めていた。視姦。まさにその言葉通りだった。
拓海は仰け反ったまま、唇を噛み締め、肩を震わせた。まるで、自分の体を撫で回す涼介の視線が愛撫のように感じるのだろうか、ときおり「あぁ」と小さな嬌声を上げて腰をよじり、涼介の腕を握る指がもどかしそうに動く。そのたびに、涼介のシャツに皺がよって微かな衣擦れの音がした。


ぐぷ……と何かが溢れるような音がして、涼介のペニスが根元まで埋まった。結合した隙間から溢れた物は、先刻啓介が放った迸りの白い残滓だった。涼介が入ったせいで拓海の中から溢れたものは、涼介と拓海の間からぽたぽたとベンチの上に零れ落ちた。肌と肌、性器と性器、アンダーヘア同士が啓介の残滓にまみれて密着した。
拓海は息を詰まらせ、足の指が反り返る。拓海の汗で湿った肌は、まるで時を経てさらに深みを増した陶器のようにこっくりとした艶やかな色だった。思わず手に取って頬を寄せてみたくなる。そんな惹きつけるような艶肌。

涼介は拓海の体に覆いかぶさって、拓海の両手をベンチに押さえつけた。指と指を交互に絡ませて、腕はおろか指の自由まで奪うように涼介の手が拓海の手の自由を奪う。


涼介は笑う。
唇の端をやんわりと吊り上げて、眼を細める。
ぺろ、と控えめに唇を舐めて、溢れそうになる唾液をごくりと飲み込む。
垂れ下がった前髪の奥にある海底のような深い色の瞳は、眼下にある拓海の悦びに震える姿だけを映していた。

さめざめとした白く美しい虚空の月も、
黒いキャンバスにクリスタルの欠片をちりばめたような透明な夜景も、
遥か遠くの夜景と底の見えない夜の空が交わる夜の果ても、
涼介の瞳には映っていなかった。

そして涼介は背骨を緩やかに曲げて屈みこみ、獲物をむざぼる獣のように拓海の首筋にゆっくりと舌這わせた。
拓海は貪って欲しいとでも言うように、体を弓なりに反らせて、生きている証でもある鮮血の流れる動脈の通った喉下を涼介の牙に晒す。
拓海は、まるで殺して欲しいと懇願しているようだ。
ベンチにこすり付けられた拓海の後頭部からごりっと鈍い音がした。前髪が跳ね上がって、涙で潤んだ鳶色の瞳が見えた。眼球の表面一杯に溜った涙が、今にも溢れそうだ。

仰け反ったせいか、苦しいからか、ぱっくりと開いた拓海の唇の間から、麻痺したようにピクピク動く舌先が見えた。
拓海は眼を見開いて、胸を膨らませて大きく息を吸った。
睫毛の際から、透明な涙の雫がぽとりと落ちた。


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